痛みを癒やす花の色と、そばで支えるあの世の家族

 

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痛いって、本当につらい!

突然の病で入院したときのことです。担当の医師が、「あなたの『 痛い!』と思う MAXを10とするとその今の痛みのレベルは、どのくらい?」と、必ず聞くのです。自分の感じる痛みの限界って?
 
これは私にとって答えるのが難しい質問で、MAXとは、気を失うほどの痛みなのだろうか? 痛くて寝られない、つらいと限界にあることを訴えているのに、まだ耐えることが可能かどうか問われているようで苦しく、ずいぶん戸惑いました。
 
このときの私は、体中を無数の針が刺すような痛みでほとんど寝られない状態でした。衣類が肌に触れるのも痛く、圧が体にかかると激痛がおそうためベッドに寝ることができません。壁にそっと手のひらでもたれて立ったまま目を閉じ、その私が床に倒れないよう母が見守る、という限界の状態で入院したのでした。
 
今日も痛みのMAXとの比較を聞かれ「今が限界、もうMAXです」。
 
痛いのは、本当につらいです。精神的にもさいなまれ、これほどの苦痛を受けるなんて、私がいったい何をしたというのだろう? と運命の非情を感じました。
 
 
苦しみのなかで、現れたその人とは・・・
 
睡眠不足のとき、目の下にクマができたりしますが、当時は上まぶたにもクマがあり、目の周囲がぐるりと青黒くまるでパンダのようでした。その限界のとき、苦しいなかでの夢だと思うのですが、夢だったのかどうかもわかりません。
 
私が小学生のときに亡くなった祖母がそばに立っているのに気づきました。「すごく痛いんだ」祖母にそう訴えると、私は泣いていました。母の前では絶対に泣かないと我慢していた涙でした。
 
祖母の姿は61歳で亡くなったときより少し若く見え、元気だった頃に戻ったようでした。だけど、険しい顔をして黙って私の痛い背中をなでています。そこは、赤いじゅうたんの敷かれたホテルのパーティ会場の廊下のようです。閉じられた扉の向こうからは心地よい音楽や談笑の声がもれ聞こえてきます。楽しそう・・・。扉の向こうの世界に一瞬興味をひかれ、背中をなでている祖母を振り返ろうとした瞬間、祖母に背中をドンと強く押され、この世界に戻ってきたのでした。
 
いまのは夢?
 
 
亡くなってもそばにいる
 
祖母が肺ガンだとわかったときはもう手遅れで、痛い、痛いと訴えるのを、看病する母はただ、そっとさすってあげることしかできなかった、と言います。病室の祖母をお見舞いする直前、角を曲がった廊下の隅で父から、おばあちゃんの状態はよくない、病名を絶対に言ってはいけない、と言われ、私は緊張していました。祖母は私を見て微笑んだのですがその姿ははかなく淡いグレーに感じ、涙ぐみそうになった私は唇をかみしめたのでした。
 
私にとって、このお見舞いのときが祖母と会話した最後でしたが、その祖母が現れて、私の痛い背中をなでてくれたことは、亡くなって何十年たってもそばにいて見守ってくれているのだと思うことができ、闘病中もこのことを思うと、心が励まされました。
 
 
病室で出会った、紫の丸い花
 
入院中に、ある本を見ていて痛みがやわらぐ感覚を得た瞬間が! それは、淡いラベンダー色の丸い花の写真を見たときでした。本は、雑貨カタログ、という名前でテキスタイルデザイナーのロッタ・ヤンスドッターさんが日本デビューした頃の号です。ロッタちゃん特集のなかで、彼女の家やアトリエが紹介されていたのですが、そのなかの寝室の写真にクギヅケになりました。紫の丸い花が飾られていたのです。初めて見る花でした。
 
その花とは、アリウム・ギガンチウム。巨大なネギの花、という意味のようです。
 

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このハンドメイドのスカートに添えた丸い紫の花、がそうです。(これは造花ですが)
 
ブルーグレーの寝室の壁の色を背景にラベンダー色の花が飾られ、寝室全体がやさしく落ち着いたトーンでまとめられていました。その寝室の紫の丸い花を見ていると痛みがやわらぎ、不思議と心が安らいでいくのを感じます。
 
ラベンダーは癒やしの色、と言われますが、本当にそうだと思ったのでした。
 

つなぐ色に思いを込めて
 
私は今、リバティプリントという花柄の布に夢中です。9つの柄を選んでつなぎピンクッションを作るときなど、ラベンダー系の色をよく選びます。
 

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お裁縫箱を開いた時、そこにあるピンクッションが心安らげる存在になれるかもしれない、と思うのです。HAPPYが届けられたらいいなと思いながらものづくりしていますが、その原点は、あの紫色の丸い花。あのとき、癒やしの色に出会えたこと、闘病の心を支えてくれたことに感謝しています。
 
そして、思うのです。祖母に、紫の丸い花をたくさん届けてあげたかったな、と。
 
 
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封印された悲しみと、それを解く者たち

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はじめに

ブログに新しく加えたテーマ「ちょっとひといき」では、私のふしぎ体験をつづっています。
 ※写真を掲載していましたが、どなたにも読んでいただけたらと思い、一部の写真を削除しました。
 
  
なぜ? 突然のロザリオ出現
 
祖母が亡くなり、古い家を解体するというので、久しぶりに祖母の家に入りました。
 
「ちょっとだけよ」 加トちゃんのマネばかりしていた私は、マネすることはもちろん、家でドリフのテレビ禁止に!しかたなく、お隣りの祖母の家へ「おばあちゃんに会ってくる」と一人出かけドリフを一緒に観て笑ったものです。
 
そのなつかしい祖母の家に飾られていた祖父や曾祖父たちの遺影を掃除していたときのことです。姪にとっては初めて見る写真ばかり。この写真は、じいじのおじいちゃんだよ。じいじ、年取って似てきたね、と笑ったり、おじいさんはあそこに住んでる、と祖母が靖國神社の写真を指差し子供の頃に話してくれたことなど、ぺちゃくちゃおしゃべり。
 
そばで聞いて皆も笑ってるかもね、と姪たちとクスクス笑っていましたが、どうやらほんとにそばで聞いていたようです。第二次世界大戦での兵士や遺族の証言を集めた『戦友』という分厚い本もまた祖父のことが書いてあると言うので捨てずに運び出し残しておいたのですが、その本にまるでたてかけるように、十字架と数珠(ロザリオ?)のようなものが現れ、掃除している遺影のそばにはこちらを見て微笑む母子らも現れて、血のつながったご先祖様たちのこととはいえ、私も腰を抜かしそうになりました。
 
 
祖母が祈っていたこと
 
祖母が亡くなる2週間前、入居する老人ホームを訪ねたときのことです。「あれをありがとうね」とベッドに横たわる祖母が笑顔で指差し視線を向けた先には、部屋に飾られたおみやげの根付守が。祖母にと、私が靖國神社を参拝したときに授かり送ったものでした。
 

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その根付守を祖母に届けたら手を合わせて拝んでいたよ、と母から聞いたとき、仏壇に手を合わせ、語りかけ祈っていた姿が思い出されました。戦争で家族を失うことのないよう平和を守り続けてほしいという、願いを託されたのかなと思っています。
 

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古いトランクから出てきたもの
 
解体する祖母の家よりもさらに前、父たち家族がかつて住んでいた古い家の床下から緑色の古びたトランクを見つけました。当時、私は4歳。好奇心のままそれを開けたときのことを思い出しました。
 
紙やノートなどにまじって折りたたまれた布があり、広げると、その大きな布は寄せ書きされた日の丸でした。祖父の出征時のものだと思いますが、祖父はブーゲンビル島で戦死し遺骨もないと聞いているので、どうしてここにあるのだろう、持っていかなかったのだなと少し不思議に思っています。
 
戦争で祖母は夫を亡くし、子供たちは父を亡くし、老親は息子を失いました。家族の悲しみが封印されたトランクでした。そのトランクを開けた者として、封印された悲しみを解き、祖母たちの平和への願いを未来へ受け継いでいこうと、あらためて決意したのでした。
 
 
 
その祖母のことを考えると、この本が浮かびます。
 
 
マザー・テレサの顔や手に刻まれたシワに祖母が重なって見えます。
 
この本を広島のカトリック幟町教会の聖パウロ会書院で購入したとき、思いきってシスターにたずねてみました。幸運にも、マザーが教会を訪れた際に会ったというシスターのお話を聞くことができました。その当時を思い起こされながら、この本の表紙のシワの刻まれたマザーの手を、尊敬を込めてそっとなでながらニコニコとシスターがお話してくださったこともまた祖母に関連して思い出され、つながる記憶の不思議を感じます。
 
バックナンバー記事 今を生きるすべての人へ で靖國神社を参拝したときのエピソードを紹介しています。
 
また、沖縄戦ブーゲンビル島で戦死した二人の祖父のことを 戦地のおじいちゃん で紹介しています。
 

この話には続きがあって

妹『おばあちゃんさ、お寺さんじゃなくて、
  なんでロザリオなん?』
 
私『ほんまやね。数珠なのかな?
  でも十字架が見えるんだよね。
  丸に十字で島津かな、薩摩の。
  お母さん、うちって十字架とか
  ロザリオとか、キリスト教と何か
  関係ある人いた?』
 
母『はあ?』
 
妹『隠れて信仰してたとか』
 
私『か、隠れて!?』
 
妹『あっ! おねえちゃんさ、
  この前長崎巡礼に行って
  誰か連れてきたんちゃう?』
 
姪『うはは、そうかも』笑
 
私『えーっ!! ま、まさか。
  だとしたら、話が全然
  違ってくるんだけど・・・』汗
 
 

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物に宿る魂 ~ 古いものと出会う時

 
ピカピカの新しい物ではなく、誰かのもとを経由してやってくる古い物。使いこまれた道具そのものの古いトルソーとの出会い(※)もありました。古い物と出会うなかで、物に宿る魂があることを深く感じています。  ※このときのエピソードは、 イメージ通り! 古いトルソーがやってきました でご紹介しています。
 
 

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アンティーク市へ
 
定期的に開催されるアンティーク市。見てまわっていると、私の手に、足に、すがりつくように触れてきて、自分が宿る物のところに引き戻そうとする力を感じるときがあります。ハッとして振り返った先には、赤い着物の日本人形が仰向けに寝かされていたり、いくつも並ぶ鼻煙壺のなか1つだけがカタカタと揺れて呼んでいたり、私に向けられる視線にドキッとします。
 
この人なら愛してくれそうだと思うのでしょうか。どうやらそうでもなく、通る人、通る人、手当たり次第に飛びついて、見て見て見て、と積極的にアピールしているようです。こういう積極性はまだ分かりやすいのですが、苦しくてたまらないのでしょうか、重たい存在が背後から乗りかかろうとしてくるときがあるのです。
 
こういうときは、細い息を吐きながら振り払うようにその場を離れ、階段の上など、アンティーク市全体を俯瞰できるような場所から集う人々の様子を眺めます。楽しそうに店主とやりとりしている姿に、ああいうふうに私も過ごしたいのだけどなぁと、残念な気持ちに。仕方ありません。また次の機会に。
 

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この出会いは、吉? 
 
気になる、心ひかれる物に出会うときがあります。店主の了解を得て、手にとり触れてみます。こんにちは、はじめまして。
 
とくに何も感じないなー。
 
実はこれが、私の思うベストな状態(笑) 古い物だけどクリアで明快、新しい始まりを感じます。あまりにも何も感じないときは、宿るものもなく空っぽになったんだろうか、と思うこともありますが・・・。これとはまったく異なり、触れながら暗いと感じたり、光を感じないときは、気になるものであってもあきらめます。初対面で感じる印象は大切です。
 
では、ネットショップやオークションなどお店に行けない、触れて判断できないときはどうしたらいいのでしょう。
 
そんなときはもう直感しかありません(笑) 家にやってきたときのイメージがイキイキと思い浮かぶかどうか。大丈夫、と決断したのに、それでもやっぱり、何度か失敗しています。
 

受け入れ準備と、第一印象
 
古い物が家にやってくるときは、フランキンセンスのブレンド香や、浄化作用があるといわれるホワイトセージのミストなど、その時に選んだ香りで部屋を満たし、歓迎!しています。前の持ち主と離れ、見ず知らずのところにやってきてさぞかし心細いだろうと思うのです、物も。安心してね、と伝えたくてやっているのですが、開封した瞬間に、暗い、よくない、と感じ、不安になったことがありました。
 
そこで試したのが、
 
・空間に浄化スプレーを噴射する
・クリアな水で洗浄する
・お祓い塩で清める
・ガーネットで邪気をとる
・早朝の太陽にあてて陽のエネルギーを与える・・・
 

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数日にわたり、浄化をキーワードにあれこれ試し、もうそろそろいいかな? ちょっと安心してきたころ。夜。電気を消してベッドでスマホを見ていたら、画面の前を白いタバコの煙のようなものがス~ッ
 
うわっ!
 
このただよう白い煙に心当たりがあるとしたら、浄化できたはずのあの古い物、あるいは、今夜新宿で飲みすぎたからかーー。第一印象で感じた不安がこういう形であらわれるなんて。
 
今ふり返ると、購入しようとしたときにどういうわけか決済がうまくいかず、問い合わせてやっと後日購入できた品なのですが、スムーズに物事が進まずストップするときは無理に進めようとせず考え直して、という知らせだったのかもしれません。その後、お祓い塩とともに包み、処分したのでした。白い煙もあらわれていません。
 
 
失敗&チャレンジ

触れて判断できないとき、積極的に選ばない物があります。それは、アクセサリーとお人形です。私自身、身につけると思い出がよみがえったり、守られていると感じるラッキーチャームだったり、長年そばにいてニックネームで呼んでいたり、特別な思い入れがあるからです。前の持ち主の思い入れが強すぎると、物もかつての持ち主のもとに戻りたがり、仕方なく手放すことになりかねない、そう思っています。
 
それなのに! ネットでひと目惚れした古い像に心奪われ、この出会い、自分の直感にかけてみよう、と思ってしまう、どうしようもない根っからのチャレンジャーなのです。
 
そのアンティークのお店にカートはなく、取引はメールの問い合わせから始まります。これまでは、思い立っても最初のメールがうまく送れず、私にとって何年たってもお買い物ができないお店でした。ところがこのときは、スマホからのメールがちゃんとお店へ届くという奇跡が。そして訪れた、開封のとき。厳重な包みをとくと・・・
 
あっ! 頬がこけて青ざめてる!
 
暗い包みの中で不安なままの長旅、さぞかし疲れたことでしょう。あたたかいお湯をそっと手でかけ、お風呂上がりのバスタオルのようにふわふわガーゼで包んで水滴をふくと、青白かった頬にバラ色が戻り、ほっとしたような表情に見えました。そのときです。隣で像を見ていた夫が
 
「あ、いま笑った?」
 
と言うのです。よかった、安心してくれたんだね。新しい場所は、不安なもの。それは物に宿る魂にとっても同じ。ここに来てよかった、うれしいと物にも感じてもらえるように、愛情をそそぎ、大切にしてあげたいと思います。そしてこのとき私は、気付いたのでした。自分の手に代わって古い物に触れ、選び出す魔法の手を持つ信頼できる店主と出会えたことに。
 

 

 
物がごみとなっても
 
夫は、ふつうのごみ出しのときも、リサイクルに出すときも、ごみに「どうもありがとう、またいつか会おうね」と、感謝の念をおくっているのだそうです。なぜなら、それがないと生活できなかったから。焼却されたり、分解されても、形を変えて物は残る。いつかまたどこかで再会するかもしれない。だから、ありがとう、またいつか会おうね、と送りだすのだと。輪廻転生。生まれ変わり、か・・・。いつかまたどこかで。この気持ち、忘れずにいたいと思います。
  

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導いてくれる存在の声?聖堂で響く声とは

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光に包まれる聖堂、そしてステンドグラス。色鮮やかな、マリアと大天使ガブリエルを見つめて撮影した瞬間、教会の正午の鐘がちょうど鳴り始めました。お告げの鐘です。

 

 

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鐘の音は、あの高い塔から聞こえてきます。 天に近い十字架。ここは広島市中区にある、カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂です。

 

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以前にも訪れたこの教会で、ボランティアガイドの男性が「マリア様はときどきこの教会に現れているんですよ。聖堂にやってきた幼稚園の子供たちが『今日はマリア様が来てる!』と大人たちに教えてくれるのです。子供は分かるんですね」と話してくれました。

 

「どうぞ、写真を撮影してもいいですよ」とうながされ、当時使っていたガラケーをバッグから取り出し、2階のパイプオルガンの前から聖堂全体を撮影しようとしたときです。突然、ある声が響きました。

 

 

“神は光のなかにおられます”

 

 

女性の声で確かにそう聞こえ、カメラ(ガラケー)を聖堂の光を感じる方向に向けました。そのとき撮影した写真には、ラインが入ったベールをかぶり、こちらを見つめる女性や、十字架を持つ着物姿の信者らしき男性の姿などが、重なるように写り込んでいました。(2010年3月20日撮影)

 

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声が響く経験はこれまでにも何度かありましたが、それらは身に迫る危険を知らせる「危ない!」など短い警告の言葉で、いつも男性の低く強い声。しかしこのときは女性の優しいささやくような声が耳もとに響き、教会でこのような経験をしたのは初めてで、このときただ一度だけです。

 

私が信じる宗教や信仰はとくにないのですが、光の中に神があり、そこに愛が存在し、愛する人たちがいるーー。誰の声なのかはわかりませんが、それに耳を傾けてみようと思うきっかけになりました。そしてまた、このあと歩む道を導いてくれることになったのですが、それはまた次の機会に。

 

広島。原爆と平和。人々の祈りや願いが刻まれてきた場。マリア様が出現したり、いまもそこで神に祈り続ける魂が存在しても、不思議はないと思うのです。その後も広島に行くときは、必ず訪れている世界平和記念聖堂。明るくあたたかい光に包まれるのを感じます。

 

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